聖徳太子の2019年の予言の内容は嘘?未来記の存在は?

聖徳太子の2019年の予言の内容は嘘?

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日本人で「聖徳太子」の名前を知らない人はほとんどいないでしょう。

聖徳太子は現在では本当にいたのかとその存在が疑われていますが、どういった人物だったのでしょうか。

聖徳太子は馬小屋で生まれたこともあり、「厩戸皇子」と言われています。

世界的に有名なイエス・キリストも馬小屋で生まれています。

そんなこともあって、聖徳太子は、キリストの生まれ変わりと言われたり、すでに当時キリスト教が伝来していたのではないかと言われています。

聖徳太子には未来を予言をする能力があったとされています。

『日本書紀』の巻の二十二には、太子が「兼知未然」と記されてある。未然は未来と同義語。
つまり、聖徳太子には未来を示す予知能力があったことを日本の正式な歴史書が証明している。

日本書紀に書かれてる「兼知未然」とは、未然を知る人という意味です。

つまり聖徳太子は、未来を見通せる人ということです。

しかし、日本書紀には、聖徳太子の予言の内容については書かれていません。

これは当時の権力者が自分にとって都合が悪いことがかかれていたため、削除されたのではないかと言われています。

「私の後二百年以内に、一人の聖皇がここに都を作る。
そこはかつてない壮麗な都になり戦乱を十回浴びても、それを
越えて栄え、千年の間都として栄える。しかし一千年の時が
満ちれば、黒龍(黒船)が来るため、都は東に移される」

794年に桓武天皇により定められた「平安京」。約1000年の永きに渡って日本の首都であったが、黒船の来航により明治維新が起こり、首都は東京へ移される。

聖徳太子は後に、平安京が出来、1000年間は日本の首都となることを予言しています。

黒龍と表記しているのは、当時船は珍しいものだったので、黒龍と表記しているようです。

実際日本の首都が1000年間京都にあったのか歴史年表で確認してみます。

歴史年表:桓武天皇から黒船来航まで

794年:桓武天皇によって、平安京が出来た。

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1809年:ペリーの黒船が現在の神川県横須賀市浦賀に来航する。

1869年:東京遷都により、正式に日本の首都が京都から東京になる。

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※首都として機能していたのは江戸幕府が開かれた1603年からですが、天皇が京都から東京都に引っ越し正式に東京が首都になったのは1869年です。

日本の首都は794年から1869年までの約1000年間京都なので、聖徳太子の予言は合っていますね!

聖徳太子の2019年の日本に関する予言は嘘?本当?

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聖徳太子は2019年の日本についても以下のように予言しています。

「それから二百年過ぎた頃、クハンダが来るため、その東の
都は親と七人の子供のように分かれるだろう……」

クハンダ」とは仏教用語で「末世に現れる悪鬼」のことである。真っ黒く汚れた禍々しい存在で、人の肉体も精神も真っ黒に汚してしまう性質を持っている。

これは東の都とは東京のことです。

東京の都市機能が分散し、7つに分かれるだろうと予言されています。

クハンダの意味ですが、現実的な脅威としては、「大気汚染」」「富士山の噴火」「核戦争」「原発事故」「東京直下型地震」「巨大な隕石の衝突」のことではないかと言われています。

このクハンダが2019年にやってくるのではと言われています。

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それは2019年には、日本の天皇が譲位する大事なイベントがあるからです。

2019年4月30日にご退位し、5月1日には、ご即位するので、天皇の座が空位となることはないように、見えます。

しかし、退位してから即位するまで日本の天皇が10数時間不在となります。

この時に、クハンダが襲来すれば、日本において混乱は避けられないでしょう。

聖徳太子の予言について書かれた未来記の存在は?

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こういった聖徳太子の予言については『未来記』に書かれていると言われています。

この未来記についてはいまだ発見されていないとされているのですが、皇居に保管されていると言われています。

聖徳太子が2021年頃に復活するからその時に未来記を国民に公開しなさい。

それまでは皇居で保管しておきなさいと言われています。

もし、2021年に未来記が公開されるのなら楽しみですね。

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それではHave a nice day!!

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