明石家さんまの生い立ちが衝撃!弟が火事で死んでいた?家族関係が複雑な件

明石家さんまの生い立ちが衝撃!弟が火事で死んでいた?家族関係が複雑な件芸人

お笑い界の大御所となった、明石家さんま。
底抜けの明るさが売りで、どんな時でも笑いを追求している人気者です。

そんな、さんまに驚く暗い過去があったことを知っていましたか。
テレビ画面から観ると、とてもそんな過去があったことは微塵にも見せません。

まして、どんな暗い過去でも笑いのネタにしてしまう明石家さんまです。
それなのに、弟のことをネタにしたのは、同期のオール巨人にツッコまれた時だけ。

それ程、触れられたくない過去なのです。
若い頃はアイドルのような超人気ぶりでしたが、その裏に隠されていた事件。

そして、その他にも九死に一生を得た事件との関わり。
などなど、明石家さんまの隠された過去を明らかにしていきます。

明石家さんまの、笑いの裏に隠れた真相はなんなのか、探ってみましょう。

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明石家さんまの家族構成

明石家さんまの家族構成

明石家さんまは、1955年に和歌山県東牟婁郡串本町で生まれ、奈良県奈良市で育ちました。

両親と兄の正樹の二人兄弟で、4人家族でした。

今は、元妻の大竹しのぶと、娘のIMALU、そして大竹の前の夫との息子で二千翔(

にちか)がいます。

離婚をしているので、さんまの中では家族ではないのかもしれません。

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明石家さんまの本名は?

明石家さんまの本名は? 

明石家さんまの本名は、杉本高文です。

芸名は、実家が水産加工業を営んでいたため、魚に関する芸名を取り入れました。

また、師匠である笑福亭松之助さんの助言によって亭号を改めて「明石家さんま」と名乗っていると言われています。

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明石家さんまの身長体重は?

明石家さんまの身長体重は?

公式プロフィールによると、身長は172cmです。

周りの人との身長差をみても、芸能人でよくある過大申告ではないようです。

体重は、61kgになっています。

ここ何十年も見た目が全く変わっていないので、ずっと体重も変わっていないと思います。

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明石家さんまの若い頃はイケメン?画像あり!

明石家さんまの若い頃はイケメン?画像あり!

若い頃は、東の郷ひろみ、西の明石家さんま、と言われるほど女性に人気がありました。

どこへ行ってもキャーキャーと黄色い歓声が上がっていました。

出待ちも当然、沢山の女性に囲まれていました。

その姿は、当時の写真を見てもらえると頷けると思います。

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明石家さんまの両親は離婚&再婚していた?

明石家さんまの両親は離婚&再婚していた?

明石家さんまが3歳の時に、実母が病死してしまいます。

小さい時の事なので、さんまは実母のことはほとんど憶えていないようです。

3歳ですから仕方のない事ですが、実母の顔も覚えていないとのこと。

一番母親に甘えたい時に、戦慄な体験をしてしまったのです。

明石家さんまは、実母の葬式の日に、仲よくしていた犬に腕を噛まれ、病院で2針を縫う傷を負ってしまいます。

でもその傷が、実母との唯一の絆になっているのです。

そして、4歳の時に父親が再婚をします。

新しい母親が連れ子をつれてきたので、さんまに弟ができ、大変喜んでいました。

しかし継母との溝は大きかった

継母はお酒が好きでよく呑んでいたようです。

それで酔っぱらって隣の部屋で 弟に向かって「私の子供はお前だけや」と言っていたのが、壁伝いに聞こえてきたそうです。

隣の二段ベッドでさんま兄弟は、涙がでるほど辛い思いをしました。

それでも明石家さんまは、この母親を何とか笑わせて気を引こうと考えていたようです。

そのおかげで、今の笑いに対する貪欲な姿勢が、培われたのかもしれません。

また、お酒を呑む女性が好きになれなくなったのも、この時のお酒に対する悪い感情があるようです。

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明石家さんまの弟が死んだ理由は火事?

明石家さんまの弟が死んだ理由は火事?

明石家さんまは、年の離れた弟と、血がつながってはいませんでしたが、とても仲がよかったようです。

同じサッカーをやっていたこともあり、話が合うことも理由だったでしょう。

その弟が、実家で営んでいた水産加工業の工場が火事になり、焼死してしまったのです。

そして、その弟の焼死体が1階の工場にあったことから、自殺ではないかとの嫌疑がかけられ、週刊誌に書かれました。

その時の明石家さんまは、かなり落ち込み苦しんだそうです。

 

当時さんまは、弟のことを「チビ」と呼んでいました。

「チビはぼくのことを、昔から、すごく尊敬してくれる奴でね。ぼくがいうことは、すべて正しいと思っていたみたいですよ。」

 

チビがマンションに遊びに来た時に、

「チビはサッカー部のキャプテンで、インターハイにも出たし、国体選手にも選ばれたしねえ……。去年の10月、今度のワールド・カップをふたりで一緒に見に行こう。キップはぼくが買っとくからって、約束しとったのに……。まだ納得できません。あのチビが死んだなんて……」

 

未だに不明な弟の死因について、

「あいつ(弟)は自殺するような人間やない・・・もし自殺するほど苦しんでいたら、ぼくにひとこと相談したはずや・・・」

と泣きながら語ったのだそうです。

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明石家さんまの弟はサッカー部でインターハイに出場していた?

明石家さんまの弟はサッカー部でインターハイに出場していた?

弟の名前は、正登さんといいます。

奈良育英高校サッカー部のキャプテンとして、インターハイに出場をして、国体でも活躍をしています。

奈良育英高校サッカー部は、奈良県で何度も全国大会に出場するほどのレベルの高い高校です。

その高校でキャプテンを任され、インターハイに出場した実績は誰からみてもすごいことで、素晴らしい成績です。

サッカー好きの明石家さんまにとっては、そんな実績を持つ自慢の弟だったことでしょう。

奈良県でサッカーの名門校にいる弟が活躍することは、こんなに嬉しいことはありません。

それでワールド・カップに二人で行こうと約束するくらいですから。

明石家さんまが、心から弟に期待をしていたことが分かります。

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明石家さんまが嫁大竹しのぶと離婚した理由は?

明石家さんまが嫁大竹しのぶと離婚した理由は?

明石家さんまと大竹しのぶは、1988年9月に電撃結婚しました。

「男女7人夏物語」で恋人役を演じたのをきっかけに、その後の「男女7人秋物語」「いこかもどろか」でも共演して、親密になりました。

そして1989年に娘のIMALUが生まれます。

それでも、結婚4年目でピリオドを打ってしまいます。

離婚の理由は色々有ると思いますが、一番の理由は離婚会見で二人が語ったことでしょう。

明石家さんまは、大竹しのぶに家庭に入って欲しかったのです。

一方、大竹しのぶは、女優であることを認めて、応援して欲しかったのです。

これは全くの反対のことをお互いが主張をしています。結婚前

に話しておくことではなかったのでしょうか。

しかし離婚に至る、きっかけとなる事件がありました。

大竹しのぶが会計士と税務処理の話をしている時、大金が引き出されていたことに気づきました。

それで、明石家さんまにお金の使途を確認しました。

その時の説明が、離婚の大きなきっかけになったとのです。

そのお金の使途は、明石家さんまが以前に付き合っていた女から、婚約発表の記者会見を見たくない。

それで、その時期にハワイに行くので、旅行費を手切れ金で欲しいと言われたそうです。

明石家さんまは、それを支払ったお金だと説明したそうです。

それを聞いた大竹しのぶは、それが離婚に向かうきっかけだったと言っています。

そして、映画でも観て、今後の事を考えようということになり、二人で映画に行きました。

その観た映画が、『ローズ家の戦争』で、愛し合っていた夫婦が離婚するストーリーだったのです。

それが決定打になって、離婚することになりました。

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明石家さんまが娘にIMALUと名付けた理由は日航機墜落事故?

明石家さんまが娘にIMALUと名付けた理由は日航機墜落事故?

1985年8月12日に起きた日本航空123便、御巣鷹山墜落事故の悲劇がありました。

その日本航空123便に、フジテレビ(東京)から毎日放送(大阪)に移動するため、明石家さんまは搭乗する予定だったのです。

しかし「オレたちひょうきん族」の収録が早く終わり、急遽、一便前の飛行機で大阪に帰ることになり、難を逃れることができました。

しかし、事故当日はほとんど喋れないほどのショックを受けたそうです。

毎日放送の「ヤングタウン」は、報道特番に変更されました。

それからは、移動のほとんどを飛行機から新幹線に変えたそうです。

それで、座右の銘が「生きてるだけで丸儲け」になったそうです。

そこから、IMALUの名前をつけたと、さんまは言っています。

一方、大竹しのぶは「今を生きる」から命名したと言っています。

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